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誰かを激しく嫌うと自分を傷つける

人間関係

他人と自分との関係を考える

イヤな人は何度でも現れる

今回はご自分が周囲の人間をどう見ているかという
観点からお話したいと思います。

ご自分の人間関係の中で
「この人だけはイヤだ・・」という人はいないでしょうか。

友人関係なら、遠ざかればよいだけです。
距離をおけば、次第に情報量は減っていきます。

たまに耳にすることはあっても
ご自分の心が揺れる機会はなくなっていきます。

 

一方で職場や家族に関しては・・。
自分では選びようのない側面があります。

いやでも顔をみなくてはいけないことは
多々ありますから。

距離を置こうとしても、向こうから
近づいてくることだってあります。

そのたびに「イヤだ!」「イヤだ!」の声が
頭の中を反響していくのです。

 

嫌うとはどういうことか

生理的嫌悪というものは確かにあります。
この段階になってしまうと、見ること・考えること
すらイヤという感じ。

でもなぜそこまで嫌うのでしょうか。
初めからずっとそうだったのでしょうか。

 

何度も何度も「イヤだ」と脳に刻み付けたことにより、
そういう回路が形成されたということかもしれません。

そもそも人生が学びの場とするなら
そういうイヤな存在はなんのためにあるのでしょう。

「こんなヤツのために自分の時間を1秒だって使うのは抵抗がある」

 

・・まぁそう言わずに、ちょっとだけお付き合い下さい。

 

あなたが激しく嫌うと自分が傷つく

そもそも、だれかを嫌うということは
あなたがその人を評価していることに他なりません。

あなたが認識している内容をもって
その人を評価しています。

全てを知っているわけでもないのに。

 

逆の立場で、あなたも経験されているかもしれませんね。

 

あなたも、その人も成長の道筋の途中にいる。
いつか来た道かもしれない。

それにその人だって、間違いから学ぶ権利があります。
それでも<激しく>嫌う必要がありますか?

誰かをすごく嫌うというのは
好んで「おもし」を抱え込んでしまう行為でもあります。

 

「人を呪わば、穴二つ」という言葉もありますね。

あの人はミスをした。それは経験が浅いからだ。
でも今後は変わる余地はある。

そう考えて、判断に余白をつくってあげるだけで
その<おもし>は軽くなります。

 

誰かを否定するのは、自分を否定すること
にもつながりますから。

自分のイヤな面を思い起こす存在だから
大きく感情が動いてしまうのかもしれないのです。

決めつけないで<見守る>余裕をもつことを許してみては?

 

 

最後までお読みいただきありがとうございます。