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それは自分の問題か?私が「手放す」意味を理解した話

自己対話

テーマは「抱え込むクセ」を手放すことだった!

「なんでオレばっかり・・・!」

「またかよ・・・」

本人は崇高な自己犠牲と思っていても
周囲はそれほどでもないと感じることは
珍しくありません。

このギャップに気が付いたとき、献身的に
尽くしてきたと信じていた側は愕然とします。

私の人生で何度となく起きていた
トラブルについてお話します。

 

転職して気付いたこと

プログラマーから会計事務所に転職した私は
あることに気が付きました。

先輩たちが意外なほどPCの扱いに
不慣れなのです。

決まり切った以外のことは
一切やらないという態度は
共通していました。

 

PCを利用していれば、いろいろなソフトの
更新は必要不可欠です。

セキュリティのためもあれば、機能更新・
不具合の修正という意味もありました。

不得手な人からすれば突然表示される
メッセージ(英語というケースも)に驚き
固まってしまうのです。

 

とはいえ、ちょっと調べればわかる程度の
モノばかり。

複雑な実務をこなす「デキる人」がこんな
ことで止まるなんて・・というのが
驚きだったのです。

 

自分の貢献の場を見つける

「オレがやりますよ」

若かった私は、おそらく自分の何倍も稼ぐ
力のある方たちが時間を浪費しているのを
ムダと感じたのです。

職場の全てのPCを次から次へと調整し
周囲からは助かったと感謝される・・。

 

私は、活躍の場を得て得意満面でした。

私一人が残業したとしても
組織全体としてはパフォーマンスを大きく
向上させているはず・・。

「私はエラい!」と思っていたのです。

 

周囲の依存と仕事の抱え込み

その手の仕事が私の業務であるとみなされる
ようになるまで時間はかかりませんでした。

もはや画面のメッセージすら読もうともせず
「ワケのわからないメッセージが出てる」
といっては内線で呼び付けます。

本人はメモすらとらず、問題解決されるのを
ただ待っているのです。

 

後輩が入社したため、この負担を分業を
申し出たのですが、経験を理由に採用される
ことはありませんでした。

もはや作業負担がどれくらいのものか
判断する力さえ組織には失われていた気がします。

この分野に強い上司は皆無であり、正当な
評価を受けられる可能性は低いものでした。

 

私自身が意識し始めた不満と、周囲のズレた期待。

私はしだいに孤立を深めていったのです。

 

管理職の立場でも

会計事務所から一般の会社に移った後も
似たような状況は再現されました。

経理という専門性の高い職場にいたのは
社会人歴がまだ数年の部下と新人だけ。

 

経営層からは会社の状況に関する
詳細な報告が求められます。

会計ソフトから出力される帳票を
読み解く力がない彼らのために
要求に応じて様々な資料を作成する毎日。

部下たちには荷が重すぎました。

 

エクセルのプログラム知識が必要なのに
縦計・横計しか使ったことがないのですから。

結局ここでも一人で引き受けざるを
得ませんでした。

他の部署の業務まで加わる数年後には
カラダまで壊すこととなったのですが。

 

私は何を学ぶべきだったのか

『動機が正しければいつか報われる』

私はこの信条を心の支えにしていました。

しかし本当の意味で誰からも理解されず
正当な評価も受けられないと感じてきました。

こころの声は「おかしい!」と警報を
ずっと鳴らしていたのですが。

 

私は何を誤ったのだろう・・?

 

後にライフコーチを学び
自らの人生を振り返ったときでも
この疑問に答えを見つけることが
できませんでした。

 

肩代わりすることは必ずしも貢献にならない

しかし、人生に繰り返し起きることには
大きな意味があります。

答えは不意にやってきました。

『自分の問題でないなら手放さなければならない

 

別の表現では
「ローマのものはローマに」
「カエサルのものはカエサルに」
だったかな?

 

本来はしかるべき人物が
トラブルを経験すべきでした。

パソコントラブルで業務が遅延すれば
何とか方法を見つけて解決しようとしたでしょう。

そこには主体的に取り組み、知識や経験を
増やす絶好のチャンスだったはずです。

また誰かに押し付けることが組織運営だ
という認識は、経営上の大きなリスクを生みます。

私は不当な要求であることを伝えなくては
いけなかったのです。

 

仮に自分が無理を重ねれば可能だったとしても。

成長のためには、彼らに失敗を
経験させることを怖れてはいけない。

小さな歓心が欲しいばかりに
私は大局を見失っていたのでした。

さらには
「できないと思われたくない」
という他人目線の気持ちもあったと思います。

 

人生に起きることは学びだ

内観は1回で終わるものばかりではありません。

周到に準備され、あなたの謎解きを
待っているものもあるかもしれません。

 

彼らの問題は彼らのもの。

自分の問題は自分のもの。

 

個々の成長を目指すなら当然のことなのに。

 

サポートはできても
壁を超えるのは彼ら自身
でなければならない。

 

ときには突き放すのも愛情だ。

このことを25年近くかけて学んだのでした。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございます。