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一番言いたいこと。「ボーッと生きてんじゃねぇよ!」

自己対話

タイトルはNHKの人気番組の看板娘(チコちゃん)の言葉を借用しました。過去の自分に向けて一番言いたいことがコレです。ドキッとした方がいたらごめんなさい。あなたに怒っているわけじゃないのです。今回は自分の話。できれば書きたくなかったけれど・・。実は私の4ページのコラムが雑誌に載ることになりました。その記念に思い切って書くことにします。

人間関係では失敗ばかり

ライフコーチしているくらいだから、恥じることのない人生を過ごしてきたんじゃないか・・と思われるかもしれません。しかし片手に余るほどの転職を繰り返しても、満足な職場であったことは一度もありません。どこも苦い思い出が印象に残っています。

十数年という一番長く在籍した会計事務所ではむしろ浮いた存在。お客様とは電話で話すことはあっても、職場の同僚とは一切雑談すらしない生活。忘年会や社員旅行でも常にポツンとしていました。また別の職場では一回りも下の上司にボロクソに攻撃され、絶え間ない胃痛に悩まされた時期もあります。

生活の糧を求めるだけの日々

決して成功者の立場からブログを書いているのではありません。具体的なビジョンを持って転職していたのはごく若いころだけです。それ以外ではたまたま受け入れてくれたところを転々と。収入も当然乱高下しました。プラスマイナスの幅は年収200万円以上にもなりました。家族にも心労をかなりかけていたはずです。

経営者にあこがれたのは学生時代からでした。しかし自分に何ができるかというと、これといって何もない。会計事務所では、「一国一城の主たる」税理士を目指しました。しかし専念して勉強に努める覚悟もなく、そうやってライセンスを得た同世代の税理士が職場に増えてくるにつれ居場所を失いました。「自分には合格できる力がない」と納得するのに10年以上の歳月を費やしたのです。支払った授業料だけで新車が買えますが、結局実を結びませんでした。

その後は一般の会社に入りますが、よく言えば他人に依存せず、何事も自分の力のみに頼るタイプでした。部下を持つようになっても、誰にでもできる仕事しかやらせません。自分の能力を過大評価していると感じた部下がいれば、正しく導くよりもおだててうまく使う。どうせ自分の人生に深く関わる相手ではないのだからと、ろくに指導することもなかったのです。気に入った部下がいても、決して深入りしませんでした。他人への熱意がないのだから、そもそも部下を引っぱる力がなかったのかもしれません。

ライフコーチが真っ先に変えたのは自分自身

ライフコーチのカリキュラムが一番効果を上げたのは、この私(自分自身)に対してではないかと思います。今となればそうとしか思えないのです。他人を信用せず、自分と他人は深く交わることはない・・と決めて生きてきた自分。でもそのカリキュラムで過去の自分を思い出すにつれ、小学生のころの親からの刷り込みが深く根を下ろしていたことに気が付いたのです。

「あなたはあなた。子どもっぽいクラスメイトと合わせる必要はないでしょ」

4月生まれで体格も大きかった私は、同年齢よりも年上の連中と気が合いました。近所の遊び仲間だった彼らはやがて中学生になり、私の生活圏から消えていきます。つまらないと訴えた私に母が諭してくれたのがこの言葉でした。『自分は自分』なのよ、と。

これがしばらく心の支えになっていた気がします。クラスメイトが夢中だった流行りのアニメやアイドルの話よりも、昨晩親とみたドラマの方が断然おもしろい。学校からさっさと帰ってくると母を茶飲み相手としてよく話していました。少なくとも高校生でいっぱしの反抗期を迎えるまでは。その後は本の世界に没頭して、ひとりの時間を過ごしたのです。

ミドルエイジ・クライシスでパニック寸前に

意味のないプライドの持ち主だった私は、50歳になったときに心底冷や汗をかくことになりました。「あと10年で定年だ」「財産もなければやりたいこともしていない」「こんな働き方をして寿命まで縮めているというのに何も手に入れていない」こんな思いが稲妻のように脳裏を支配し、職場でのやる気がまたたく間になくなっていったのです。

感情が一定レベルを振り切れると思考回路も停止します。こんなことは初めての経験でした。ストレスから心臓に異変を抱えていたこともあり、もしかしたらうつ病の一歩手前まで達していたのかもしれません。自分の人生が意味のないものになろうとしている・・。やり場のないこの喪失感は毒物そのものです。私は明らかに人生の危機を迎えていたのでした。

かつて自分を守ってくれた考え方。これはこれで確かに有効でした。ですが、吟味もせずにいつまでも正しいと思い込むのは危険です。状況が刻々と変わることは考えればわかるはずなのに、ずっと自分が優れていると思い込もうとしていました。自分には他人にはない才能がある。それがわかるのは自分だけだ。あいつらにはどうせわからないのだ・・と。

現状への思考停止と孤独な世界

50代を待たなくても、30代でも40代でも気が付きそうなものですが、ずっと思考停止していたようです。流されるようにマヒしたまま生きてしまい、未来を真摯に考えてきませんでした。いずれ事態は変わるんじゃないか。だから今だけは何とかやり過ごそう・・。

しかし内観するにつれ、私はずっと自分でつくった壁の中で孤独を感じていたことにも気が付きました。友人と連れ立って出かけたことはほとんどなく、結婚はおろか就職・転職に至るまで誰にも相談しませんでした。孤独だという認識すらなかったのが実態で、喜びがあっても分かち合うこともせず、つらいことがあればただ耐えるだけの人生。妻にはいっぱい話していた(グチってた?)記憶があります。そうやって精神的安定を取り戻していたのかもしれません。

率直に語る機会があれば、自分を表現するだけの器があれば、目先の仕事を繰り返すだけのルーティーンはたぶん必要ありませんでした。適切なキャッチボールの相手がいれば、誰でも自分で人生を変えられます。よく考えてみれば決して一人きりというわけではなく、いつだって自分の方から背を向けていただけなんです。

人生を加速する触媒”ライフコーチ”を試してみませんか

ライフコーチになった私は、相手の真の声を聞くことを何よりも重視するようになりました。虚勢や思い込みでない「真実の声」は語り出すにつれ顔を出してきます。自ら語ることで矛盾に気が付けば、説得など必要ありません。私が対話を効果的なツールと考えているのは、この認識があるからなのです。私はライフコーチをずっと「ガイド」と表現してきました。あなたの成長を加速する触媒としてはたらきますが、答えを教えてくれる先生ではありません。

あなたにもご自分を決定づけた独自のストーリーがあるはずです。そんなあなたのためにも、ぜひ話に来てください。あなたが自ら語ること、そしてより深いところから引き出すライフコーチとの対話には大きな価値があります。「このままではまずい」と感じているなら、きっと答えが見つかります。正確には「答えの見つけ方」がわかるということなのですが。生涯有効なこのスキルは、大きなリターンを生み出してくれますよ。

かつて人生を探求するのは限られた人だけに許された特別なことでした。今の時代ならあなたが望めば手に入ります。ここまで読んだ下さったあなたなら、もう準備はできています。あとはあなたが自分に許可するだけです。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。