頑固であることで失うもの。本来のやわらかい心のあり方とは

頑固であることで失うもの。本来のやわらかい心のあり方とはおじスピ

運動する前の十分なストレッチ。これがケガ予防に有効なことは知られています。スポーツ選手に限らず、一般の方でも体を動かす前に多くの方が取り入れていますね。

では心のストレッチは意識してやっているでしょうか?固くなっていませんか?

 

年をとるとなぜ頑固になるのか

『頑固者』という表現でまずイメージされるのは、年配の男性です。私の年代だと巨人の星の「星一徹」でしょうか。ちゃぶ台を豪快にひっくり返す父親像。家族の意見にも耳を貸す気配はありません。※50代以上限定ネタかも(^^ゞ

もちろん男性に限った形容ではなく、女性でも頭の固いとしか表現しようのないケースもよくあります。両者に共通しているのは、比較的年齢を重ねているということです。
※あくまで私のイメージであり、若者でも頑固者はいます。我が家にも。

年齢が上がるほどに「頑固者」の割合が増えるような印象がありますが、他人の意見に耳を傾けない性格の人は若い世代にもいます。むしろ世界を知らない分だけ、狭い了見で判断する傾向もあるはずです。

新しいパターンを受け入れなくなるのは自然なことかもしれません。これは学習のなせる業であり、いちいち試さなくても過去の経験という膨大なデータベースにあたれば、自然に答えは出ると考えられるからです。

 

経験を重視するから新しい概念を受け入れられない

努力を重ね、数々の失敗を経験したゆえに、出された結論には確かに価値があります。しかも意思の強さは美徳でもありました。

自分が快適・安心だと思っている場所を「コンフォートゾーン」と呼びます。ここからから出るのはストレスでもあるのです。自分は正しいと思い込んでおけば自分は変わる必要はありません。自らは変化する必要はないと決めつけるのも結局は同じ意味ですね。

ただし、これらが意味を持つのは「環境が昔と変わらなければ・・」という前提があるときに限られます。環境が激変していて同じルールに固執していれば、船もろとも沈没する可能性もあります。

大きな変化のときには、頑固さは足をとられる原因に

今回の新型コロナウイルスに対する対応などはその典型です。かつての知識に学ぼうにも、規範とするケースがありません。国外にモデルを求めようとしても、同じ問題に直面していて正解が見当たらないのです。

ブラック企業に代表される長時間労働に関しても、テレワークの普及により一気に展開が変わりました。会社の密閉空間に長時間閉じ込めて労働させるスタイルは、命の危険と天秤にかける内容に変わったのです。

平成の最後の数年に多少加速化している動きはありましたが、この数カ月の展開の大きさにはため息しか出ません。

 

自分に対する意見は受け入れにくい

自分の外に問題があるときは、それでも対処がしやすいと考えられます。

最大の難所は自分自身の「心の取り扱い方」。他人から自身の欠点について指摘をうけたとき、こみあげてくる怒り・悲しみのまま反応してはいないでしょうか。

相手が間違っていると率直に感じたとしても、その基準はどこにあったかといえば、数十年前の記憶が唯一の根拠だったりします。

第三者の目からすると、あなたが事実関係ではなく、単に自分の好みから粗雑な反応を繰り返しているようにしかみえないときがあるわけです。自明の理と信じていたものが純粋に個人的な体験だったりします。

こころの柔らかさとは心の大きさ

『年長者には敬意を払うべきだ』という言葉には「自分が十分に尊重されていない」というニュアンスが隠れています。声高にこの種の発言を繰り返す人は、かつて自分がそういう人を誰よりも嫌っていたことを忘れてはいないでしょうか。

どこからでも学べると考えるなら

学びを続けている人には魅力があります。若々しく見られる人には子供のような好奇心を維持しているケースも珍しくありません。

周囲の誰からでも学ぶことができる・・というのは、その方が幼稚だからでしょうか?学ぶべきことはない・・という姿勢は賛美されることなのでしょうか。傲慢さの現れかもしれませんよね。

「失敗からも学ぶことができる」

このことを深く認識していれば、短期的な判断の是非はあまり大きな意味を持たないことになります。「塞翁が馬」の例えにもあるように、生涯が終わらないと判断できないこともあります。これが唯一の正解と決めつけない懐(ふところ)の大きさが大きな意味を持ちます。

話し上手・聞き上手を目指そう

他人の意見が自分の意見と異なっていても当たり前と思える度量があれば、こうした拒否反応は少なくなります。生まれてから現在まで、あなたと同じ経験をしている人は存在しないのですから。

その意味で自分の経験したことが全て正しいと思うのは、十分に理性的といえるでしょうか。

「自分にも間違っている余地があるだろう」
「相手にも誤っているところがあるかもしれない」

この考えはあなたの心の容量を大きく広げます。
不確かだからこそ成長する余地が生まれます。

不確かだからこそ対話により妥協点を探そうとし
これを実践された方が「話し上手」「聞き上手」と呼ばれるのです。

 


ライフコーチとのセッションで大きな持ち帰りをされるのも、この心の柔らかさをお持ちのタイプです。
あなたは懐深く、新しい学びを受け入れる準備はありますか?

時代は変わっています。常に新しい物事が出現しています。
批判をし、レッテルを貼って安心するのではなく、常に変化を待ち受けている姿。

これこそが年長者が後に続くものに示すべき姿ではないかと思うのですが。
自戒をこめて。。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

おじスピ
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ライフコーチ加茂康明