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受験の失敗から学ぶ人生のシナリオ/挫折だって舞台装置の一つ!

受験の失敗から学ぶ人生のシナリオ/挫折だって舞台装置の一つ!教育・子どもとの関係

最終的にリクエスト通りの結果には
ならなかった息子の受験。

今回は人生に及ぼす挫折の意味と
その乗り越え方を考えます。

 

受験の失敗から学ぶ人生の意味

高校受験は多くのお子さんで
人生初の大きなハードルとなります。

この経験が大きな学びになることは
間違いありません。

挑戦をあきらめない姿勢がもたらしたもの

私は「チャレンジすることに意味がある」
終始話していました。

推薦入試で行けるところから選ぶのではなく
通いたい学校を優先すべきだと。

「そのためには学力で勝負する道を
歩まなければならないが
それが自分を鍛えることになる」

きっとこの考え方に
賛同してくれていたと思っています。

強い想いは行動にあらわれる

『その学校に行きたい!合格したい!』

学校見学会でよほど気に入ったらしく

模擬試験で十分な合格可能性の判定がなくても
志望校を最後まで曲げませんでした。

併願の私立高校には合格していましたから
受験最後となる本命校には思い切り挑戦できたわけです。

本番ギリギリまで
かなり追い込んでスパートをかけていました。

受験指導していた塾からも
合格の目は十分あるとポジティブな評価が。

不合格でも落ち込まないメンタル

合格発表まで
親としてもドキドキしていました。

でも結果は不合格。

結果発表後、動揺はあったはずなのに、
短い時間で吹っ切れていたようでした。

親としては意外なほど淡々と。

 

受験というイベントから学んだこと

受験というイベントから学んだこと

通う高校が確定したことで
卒業までのわずかな時間の使い方に
意識が向いていたようでした。

「あっけらかん」という言葉がピッタリ。

意味のない経験はない

「人生には計画がある・・」というのは
私が学んだライフコーチでは根本にある
考え方の一つです。

合格者もいれば不合格になる人間も必ずいる。
そこから何を学ぼうとしているのか。

意味のない経験はないと考えると

・最後まで走り切った達成感
・上位高に挑戦できるまでになった努力の成果
・次の大学受験で大きな喜びを味わう伏線

こうした意味があったのかもしれません。
今後の彼の生活を観察していれば
読み取れると思っています。

試練のときに本質が現れる

受験本番までプレッシャーと戦っていたわりには
さほど荒れた様子も見せなかった息子。

そういう余裕のないときは
内面の揺れが表に出てきやすいものです。

ストレスは本当の自分に気付かせてくれます。

その意味では、淡々と受験の日々を
過ごした彼は「すでに勝っていた」と
表現してもいいのかもしれませんね。

表面的な結果から真のストーリーを読み解く

人生にはこうしたイベントが数々あり
必ずしも期待通りの成果が出るわけではありません。

しかしマイナス・プラスのどちらの結果にしても
そこから学ぶべきものがあります。

人生上の大きな変化があったなら
あなたの人生の物語を読み解くチャンスが
きているのではないかと。

この変化はシグナルでもあるわけです。

これから”場面が変わります”ということを示す
舞台の「どん帳」のようなもの。

後悔しないために、
こうした象徴的な出来事は
良く味わってみてはどうでしょうか。

 

出来事を自分の問題として考える

出来事を自分の問題として考える

さて今回の受験については
息子が「親の考え方の犠牲になった」「かわいそう」
と考えることもできます。

そういう見方を全面的に否定はしませんが、
物事を受け取り解釈する時には
「自分フィルター」を通して判断して
いることに留意しなければなりません。

全ては自分の身に起きている

受験したのは息子ですが
親として気をもんでいたのは私自身です。

犠牲になってかわいそう・・と感じたとすれば
もしかしたらご自分の心の反映かもしれないのです。

過去に自分の「かわいそう」な経験があり
そこと重ね合わている・・というように。

そう考えられるなら、あなた自身にも
この出来事からだって学ぶべきポイントが
見いだせるかもしれない。

答えは心の中に浮かんでくる

もし、「人生には意味がある」のが真実なら、
誰かが明確に示してくれるまで待つ必要はないはずです。

・どんな意味があるんだろう?
・もし意味があるとしたら何だろう?

この答えは常にあなたの心の中に浮かんできます。

思考で判定やブロックせずに
どうか素直にそのシグナルをキャッチしてみて下さい。

 

人生のステージを考える!挫折だって舞台装置の一つ

さて、大人でもいつまでも拘泥する
ケースはあるものです。

私は怒りを持続するタイプで
かなり面倒な性格だった自覚があります。

>> 怒りとの付き合い方/怒り続けた自分のクセ

感情のコントロールから学んだこと/自分を知るための家族の役割
なかなか怒らないが、発火点に達するといつまでもくすぶり続ける・・これが私の怒りのクセでした。「瞬間湯沸かし器」みたいな怒り方とは真逆の表現をしてきました。父親としてはどうなんだろう。過度に家族を傷つけてはいなかっただろうか?こうして考え直してみるとけっこうひどい父親だったかもしれません。

 

いろいろ思い返していたのですが、
ふと心に浮かんできたのは
「起承転結」という言葉でした。

人生の各段階をこうしたステージに分類すると
理解の助けになるはずです。

ここからはこの4つのステージの特徴を
考えてみたいと思います。

 

「起」のステージ段階

「起」のステージ段階

最初から与えられている環境は
自分では選びようがありません。

不可避の環境にはテーマがかくれている

・生まれた環境
・両親からの影響
・家族の性格
・経済状況

子どもには選びようもありません。

だからこそ、これらには
「人生のシナリオの基本情報が盛り込まれている」
可能性が高いのです。

いわば人生の『舞台装置』のようなもの。

 

「こういったものからどんな影響を受けるのか」

意図があるなら、この影響を
考慮しないはずがありませんよね。

これも人生のシナリオ通りなのだと思うのです。

メタ認知という視点を意識すると楽になる

渦中にいる本人は、もちろんそれどころでは
ないということがほとんどでしょうけど。

目先のことでいっぱいかもしれないけれど
それすらも意図されたことかもしれない・・。

自分をこうした一歩離れた視点でみるのは
かなり難しいことですが

「自分自身とそれを見つめている自分・・」

この2重構造を理解することが
人生の気づきへの第一歩だと思うのです。

この新たな視点を
心理学では「メタ認知」と呼びます。

「自分がこう思っているな・・」と
客観的に視ている構図を指しています。

 

「承」のステージ段階

「承」のステージ段階

人生をかけて学ぼうとする
大きなテーマがあるなら、
そこに向かうための段階も必要です。

遠回りのようにみえるかもしれません。
でもその過程があるからこそ、重みがある。

一歩一歩踏みしめているイメージです。
その後に待っている喜びのための準備として。

ストレスに追われる理由

自分の心の声にフタをして
懸命に日々の生活に追われているのも
このステップでしょう。

どこかで自問自答する「心の声」を
コダマのように聞きながら、目の前に
あることをやり遂げようとしている。

歩みを進めていくときには
自分自身との対話が時間の大半を占めています。

順応が目的化する

「起」→「承」の流れの中では、
「将来は今の延長上にある」
と考える方が多数派ではないでしょうか。

一言で表現すれば、
「今の環境に順応していれば大丈夫」

 

ここでは今の環境があなたに
牙をむくような事態は想定していません。

ですので、未来はある程度予測ができる
と考えます。
「今までこの道を歩んできた」
「これからも歩んでいくだろう」
「経験が増えるのだから、年々有利になる」

 

流れにどう順応するかが重要で、
主要な目的の一つと感じています。

教科書や参考書で学ぶことと似ています。
学習内容は目次に書いてあって、
順番どおりにこなしていくわけです。

 

「転」のステージ段階

「転」のステージ段階

平坦なシナリオの途中には、劇的な「転換」が
あったほうが印象に残りやすいはず。

人生に「転」が存在する理由はここにあるのでは
ないかと思うのですね。

大事に守ってきた価値観を根底から
見直すことになるかもしれません。

激流の中に振り落とされた気がする
ケースもあるでしょう。

内面にも波及する大きな変化

今までの流れが大きく変わると
内面の大きな変化にもつながります。

はた目にはわからないこともあるでしょう。
あくまで本人の心に属するものですから。

本人以外にはその意味をとらえることは
容易ではありません。

本人が意味を見出すことに価値がある

たとえ「挫折」に相当する出来事でも
本人にとってはよいことが起きている
という解釈も可能です。

これこそ「最適な経験」というものに
なるかもしれません。

過去の経験が今とどうつながるのか、
点と点が線になることに気づくような感覚が
あれば、確信が得られると思います。

十分に学びが終われば
そのイベントが人生に持つ役割は終わります。

繰り返し続いたトラブルがピタリとおさまるのは
そんな学ぶべきテーマだったからかも。

 

「結」のステージ段階

「承」のステージ段階

人生の最後にのみこの段階が訪れるのか?

この問いに関しては壮年期の私にも判断が
つかないところもあります。

人生のステップには限りがないとするなら、
「結」と思ったものが次の「起」と
隣り合わせになっているという構図は
あると思います。

「死ななきゃわからない」かもしれませんね。

 

全ては「自分のため」の舞台装置

全ては「自分のため」の舞台装置

右を選んでも成長のヒントがある。
左を選んでも気付くものがある。

人生のハンドルを握ってきたのは、
ずっと自分であって他人ではありません。

そう考えると
すべては自分のためにあるようなものです。

この視点をもつといろいろな考えに
派生していきます。

 

例えば「怒り」や「非難」との付き合い方。

他人と自分を比較することは気付きに
つながるケースも確かにあります。

しかし何を選択しても本人の学びに
なっているなら、あなたが非難のために
使ったエネルギーはもったいなかったかも。

あまりに長い時間を怒りに費やすのは
ムダではないですか?

 

その意味でこうしたものを手放すことは、
「自分のため」にも
重要なポイントになると考えます。

※私も非難・比較に使った時間を思うと
冷や汗が・・。自戒をこめて。

 

もし道に迷ったように感じたら
こちらの記事が参考になると思います。

>> 自分らしくいられない理由/魔法の質問でリミッターを外そう!

自分らしくいられない理由/魔法の質問でリミッターを外そう!
ライフコーチの目には、お客様がまるでマスクをかぶって自分の本音を隠しているようにみえることがあります。生活のために仕方のない面もありますが、いつの間にか本当の素顔と区別がつかなくなっているケースも。そんな方がイキイキとした心を回復するのによい方法があります。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。